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大阪地方裁判所 昭和61年(行ウ)45号 判決 1988年3月28日

原告

大田博一

右訴訟代理人弁護士

大深忠延

斎藤浩

被告

近畿財務局長

濱本英輔

右指定代理人

中本敏嗣

外四名

主文

本件訴えを却下する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  原告

1  被告が昭和六一年七月二一日付けで原告に対してなした国家公務員災害補償法による公務外認定処分を取り消す。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

二  被告

1  本案前の答弁

主文同旨

2  本案の答弁

(一) 原告の請求を棄却する。

(二) 訴訟費用は原告の負担とする。

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  原告は、昭和二七年四月一日採用以来大蔵省近畿財務局に勤務している。

2  原告は、昭和五〇年一一月二七日近畿財務局庁舎内において、階段を踏みはずして数段下の踊り場に転落し(以下「本件事故」という)、腰部を強く打撲した結果、「脊髄出血」の傷害を受け、同年一一月二八日から一二月一日まで通院、翌一二月二日から昭和五三年七月一〇日まで入院、その後通院治療を続けて現在に至っている。原告は現在、腰部・両下肢に弛緩性麻痺があり、著しい筋萎縮、疼痛を伴う膀胱機能障害、直腸障害の状態にあり、身体障害等級は第一級である。

3  本件事故は、公務遂行による疲労が重なった結果生じたもので、公務に起因するものである。すなわち、原告はもともと健康状態は良い方ではなかったものの、鑑定評価業務に関し通常の勤務を続けていたところ、昭和五〇年九月一一日突然国有財産近畿地方審議会付議案件の評価事務という特別業務を命じられることになった。この評価対象物件は、規模・価格の面で大きく、作業量も膨大であり、約二週間という期限も決まっていたため、原告は断ったものの、いわば強要される形で右業務をやることとなった。その結果、本件事故当時原告は精神的・肉体的に疲労困憊の状態に陥っていたのである。

4  そこで、原告は、被告に対し、昭和六一年三月一一日付けで国家公務員災害補償法に基づき公務災害の認定申請をしたところ、被告は、同年七月二一日付けで公務外の認定処分を行った(以下「本件処分」という)。

5  本件事故は、3記載の通り公務に起因するものであるから、本件処分は、裁量権の行使を著しく逸脱または濫用したもので違法である。

よって、原告は、被告に対し、本件処分の取消を求める。

二  被告の本案前の主張

本件訴えは、被告・実施機関が、昭和六一年七月二一日付けで原告に対してなした国家公務員災害補償法による公務上の災害ではないとの認定(以下「本件公務外認定」という)の取消を求めるものであるところ、かかる行政庁の認定は、実施機関としての見解を表明することにより、国家公務員に対する災害補償を簡易迅速に解決するための措置にすぎず、公務災害補償請求権の存否になんら法律上の影響を及ぼすものではないというべきであるから、行政事件訴訟法第三条第二項にいう行政庁の処分その他公権力の行使に当たる行為に該当せず、抗告訴訟の対象とならないものである。

よって、本件訴えは不適法である。

三  被告の本案前の主張に対する原告の主張

1  被告の右主張は、民事訴訟法第一三九条に定める時機に遅れた攻撃防禦方法であることが明らかである。

被告は、本件における答弁書で、本件公務外認定を行政処分であると前提しての答弁をして以来、昭和六一年一一月二八日付け準備書面で、本件公務外認定を「本件処分」と表記して処分性を認めた上で、自己の主張を展開し、事実上の最終準備書面たる昭和六二年五月一四日付け準備書面においても、その態度を継承している。したがって、かかる時期に右のごとき主張をすることは許されないものというべきである。

2  被告は、本件公務外認定を行政処分に当たらないと主張するが、これは、善解すると、国家公務員災害補償法第二四条に関し、人事院の判定を待って取消訴訟を提起すべきであり、人事院の判定が原処分であると主張するか、人事院の判定後に行政庁の認定が原処分に転化すると主張するのかのいずれかであろう。そして、被告の主張をつきつめると、人事院への審査申立てを取消訴訟に前置するものとなろうが、これが行政事件訴訟法第八条に定める自由選択主義に真っ向から抵触するものとなることは明らかである。同条但書にいうところの例外としての審査請求前置には、明文の規定が要請されるからである。地方公務員災害補償法第五六条は明文で地方公務員の場合には前置を規定している。この反対解釈からも国家公務員の場合は原則としての自由選択主義に従うべきことは言うを待たない。

したがって、本件公務外認定は、行政事件訴訟法第三条第二項にいう行政処分というべきである。

四  請求原因に対する認否及び被告の主張

(認否)

1 請求原因1の事実は認める。

2 同2のうち、原告の現在の症状が脊髄出血、両下肢弛緩性麻痺、筋萎縮、膀胱、直腸障害であること、原告主張の入、通院加療の事実は認め、本件事故の発生及びその余の事実は否認する。

3 同3のうち、原告が、昭和五〇年九月ころ鑑定評価事務に従事し通常の勤務をしていたこと、そのころ国有財産近畿地方審議会付議案件の評価事務を命ぜられたことは認め、その余の事実は否認する。

4 同4の事実は認める。

5 同5の主張は争う。

(主張)

原告の疾病(脊髄出血)と公務との間には、以下に述べるとおり相当因果関係がなく、公務起因性は認められないから、原告の疾病を公務上の災害でないと認定した本件処分は適法である。

1 まず、原告が階段から転落した事実が認められないのであるが、この点をおくとしても、原告の疾病である脊髄出血については現状においてもその発生原因が明確でない。

2 次に原告の主張する特別業務とは、具体的には旧大阪大学薬学部跡地の鑑定業務(以下「本件業務」という)を指すものと思われるが、被告が原告に本件業務を強要した事実がないばかりか、そもそも本件業務のごとき不動産鑑定業務それ自体は、国有財産鑑定官としての原告にとっては通常の業務である上、原告自身、鑑定官に配置替えになる以前から国有財産の処分業務に長期間従事し、不動産鑑定業務に関しては十分な知識と経験を有しており、本件業務は原告がこれまでにやってきた業務と実質的になんら変わったものではない。

3 原告の、この間の勤務状況についても特段に過重なものとは認められず、特に原告の本件発病直前においては、本件業務は一段落していたのである。また、本件業務担当当時の原告の健康状態についても、原告は肺結核による指導区分を受けていたが、本人からの健康上の申し出はなんらなく、危惧されるような兆候は認められなかった。

現に、原告は、本件発病前の昭和五〇年一一月八日和歌山県湯浅町沖合での早朝海釣りに出かけ、発病のわずか三日前である同月二四日にも早朝海釣りを計画していたのみならず、更に、同月二九日及び一二月一日にも海釣りに出かける予定であったのである。

4 更に、原告は、昭和三三年ころから本件発病時まで副業として洋服仕立て業を営んでおり、それによって得る副収入は相当なものであった。しかも、右作業は自ら退庁後の夜間または休日等に限られており、その間の作業量も相当なものであった。

5 以上の事情を総合すると、原告が本件事故当時本件業務のために精神的・肉体的に疲労困憊の状態に陥っていたなどとは到底認められない。

第三  証拠<省略>

理由

一原告が昭和二七年四月一日採用以来大蔵省近畿財務局に勤務していること、原告は被告に対し、昭和六一年三月一一日付けで、本件事故による受傷は公務に起因するものであると主張して、国家公務員災害補償法(以下「国公災法」という)に基づき、公務災害の認定申請したが、被告は、昭和六一年七月二一日付けで本件公務外認定を行ったことは当事者間に争いがない。

二そこで、本件公務外認定が行政事件訴訟法第三条第二項にいう行政処分に該当するか否かについて判断する。

国家公務員の災害補償制度について規定する国公災法及び人事院規則(以下「規則」という)一六―〇「職員の災害補償」によれば、補償事務主任者は公務上のもの(又は通勤によるもの・以下省略)と認められる災害が発生した場合及び被災職員等から災害が公務上のものである旨の申出を受けた場合に、実施機関に対して報告する義務があり(規則第二〇条、第二一条)、実施機関は右報告を受けたときは、その災害が公務上のものであるかどうかの認定を行い(規則第二二条)、災害が公務上のものと認定したときは、補償を受けるべき者に対し、国公災法による補償を受けうる権利を有する旨を、災害が公務上のものでないと認定したときは、前記申出のあった被災職員等に対し、その旨の通知をするものとされている(申し出がないときは通知を要しない)(規則第二三条)。そしてこの認定に不服がある者は、人事院に対して審査を申し立てることができ、人事院は判定結果を申立人及びその者に係る実施機関に通知することとされている(国公災法第二四条)が、実施機関の認定及び人事院の判定を不服として、その取消しを求める方法などについてはなんら規定されていない。

他方、地方公務員の災害補償制度を規定する地方公務員災害補償法(以下「地公災法」という)においては、国公災法にいう「実施機関」に該当する「基金」は、補償を受けようとする者からの補償請求に基づき、当該災害が公務によるものであるかどうかを認定することとされており(同法第三条第一項、第四五条)、右認定に不服がある者は、審査会に対して、審査請求をすることができる(同法第五一条)が、審査請求で目的を達しなかったときは、基金の認定(又は認定に引き続きなされた補償決定)取消の訴えを提起し得る旨規定している(同法第五六条)。

そこで右両者を対比すると、国公災法は、「実施機関の認定」作業は補償事務主任者からの報告に基づきなされるのであって、これは機関内部による自発的な処理という建前をとっており、災害が公務上のものである旨の被災職員等からの申出は、補償事務主任者の実施機関に対する報告義務発生の契機にすぎないと考えられるのに対し、地公災法の場合は、「基金の認定」作業は被災者の補償請求申立てに対する審査認定という建前をとっている。また、国公災法の場合は、「実施機関の認定」に対して人事院への審査申立てを定めるのみで、人事院の判定がなされた後の不服申立て方法についてはなんらの規定もされていないのに対し、地公災法の場合は、「基金の認定」(決定)に対し、審査請求前置による司法審査を求めうるとされている。この二点の相違点からすると、地公災法の「基金の認定」は、被災者の補償請求申立てに対してその請求権の存否またはその範囲を確定する行政処分である(取消訴訟によらないかぎり、その効力を否定できない。)のに対し、国公災法の「実施機関の認定」は、災害事故が発生した場合に、被災者の補償請求申立ての有無にかかわらず、その災害補償を簡易迅速に処理するための内部的勧告的措置としてなされるものであり、したがって被災職員等に対する補償請求権の存否及びその範囲を確定するための処分ではないというべきである。そうすると、「実施機関の認定」は、行政事件訴訟法第三条第二項にいう行政処分に当たらないというべきである。(ちなみに、「実施機関の認定」に行政処分性を認めるならば、本件処分の以前に昭和五七年三月六日付をもってなされている公務外認定処分・甲第一号証の一七・は争い得ないものとして確定していることになる。)

なお、原告は、被告の本案前の主張は、時機に遅れた攻撃防禦方法である旨の主張をするので、この点につき判断を加えるに、被告が本件公務外認定を行政処分であるかのように主張していたことは原告主張のとおりであるが、行政事件訴訟法第三条第二項に規定する処分の取消の訴えにおいては、問題となる行為が行政処分であることは訴訟要件であって、右は職権調査事項であるから、民事訴訟法第一三九条の適用はないというべきである。したがって、原告の右主張は採用できない。

三以上の次第で、原告の本件訴えは不適法であるから却下することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法第七条、民事訴訟法第八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官中田耕三 裁判官土屋哲夫 裁判官下野恭裕)

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